燃え尽き症候群

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燃え尽き症候群という心理的な状態がある。Wikiによると「持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」と定義されている。つまり仕事の能率を著しく低下させる要因としての心因性の疾患である。自分の関心に対して献身的に努力した人が、期待した程の結果が得られなかった場合に感じる徒労感、または欲求不満。慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くしてしまう事を言う。

管理人は詠春拳を習得すると言う道程に於いて感じた事がない状態である。しかし自分が指導する場面に於いて、この燃え尽き症候群とでも言わないと説明が付かない練習生が実に多い事に驚いている。しかもこの燃え尽き症候群と言っても様々な階層で存在し、修業の障害となってしまっている場合が見られる。逆に言うと練習に来なくなる練習生は大なり小なり燃え尽き症候群であろうと思われる。

一番端的な例は練習3回以内で来なくなる練習生であろう。この場合、自分というものへの客観的な洞察力が未熟なため「自分が詠春拳を始めたら問題なく習得できるだろう」と言う非常に甘い見通しに基づく動機があり、新規加入するのである。少なくとも当學院の新規申込者は見学か体験参加の後に手続きするため「こんなはずじゃなかった」と言う事態は少なくともないのである。しかしながら見るのと実際にやるのでは大違いで詠春拳のロジカルなシステムに困惑し、言われた簡単な事が全く出来ない自分に挫折感を味わう。自分の存在すら否定されかねない状況に至って、自分の存在とプライドを護る手段として詠春拳を放棄すると言う結論を導き出す者が少なからず存在するのである。つまり「俺はそこそこ出来る筈…」という甘い目論見が早期に破綻してしまった場合、3回で来なくなると言う現象が起きると分析している。そこで管理人は新規申し込み時に予め「詠春拳の修業は地味で楽しくない事だと理解させる」「1年間は続ける約束が出来る者だけ受け入れる」等を新規加入時に話す事で3回で来なくなる者は激減したのであった。

次に新規加入後、半年程経過してから挫折する練習生が存在する。原因としては3回で来なくなる者と大差はないが、大きな相違点は一通り指導者から言われた事はやろうと努力してみたものの、体現出来なかったもしくは理解できなかったと言った所か。言われて直ぐに出来るようになるのなら苦労はしない。言ってみれば自分の事を天才と誤解している人達である。自分には才能がないと言う現実を知って詠春拳から去る方々と分類される。管理人から言わせれば詠春拳に才能は不要である。よって才能があると自惚れるのも、才能がないと落胆するのも詠春拳の本質から言って間違いなのである。出来ない事を出来るようになるために様々な体験を通して考察し、時間を掛けて完成に向けて前進していく。最初は才能が無くて当たり前、出来なくて当たり前で、それをどうやって出来るようになるのかを考え実践していくのが詠春拳なのである。出来ないから諦めるでは挫折する以外の結論は導き出せない。

次に経験2年程で挫折する練習生がいる。この場合は半年で出来ない事は理解していたが、時間が解決するだろうぐらいの軽い気持ちで問題をやり過ごした場合は、勿論半年の挫折は一見問題なく経過するのである。しかし半年で顕在化した課題を解決せず「臭いものに蓋をする」対処を続け、顕在化した課題をずっと先送りにしてきた練習生はこのぐらいの年数で破綻を来す。何故なら課題を解決しなければ、次の段階の求められる状態が体現出来ないからである。本人に言わせれば立派な燃え尽き症候群なのかもしれないが、管理人から言わせればこれはただの怠慢である。本質から目を背けるのではなく目標に向かって突き進むのである。物事の本質を見誤る練習生は実に多い。簡単に言うと肝心な事を粗末にして、どうでもいい事に傾注するのだ。この様な傾向のある練習生は最終的に挫折の道を歩むのである。これなら最初からやらない方が賢明だ。地道な努力こそ詠春拳を習得する原動力であって、この有様は必要な努力を怠った末路と言える。

最後に経験3年から4年で挫折する練習生がいる。この場合はある程度の課題はクリアしそこそこのカンフーは体現できている状態の練習生、もしくは門下生となる。3年以上掛けて何とか習得した功夫があり、入り立ての練習生から見れば羨ましい限りと思われる人にまさに魔が差すのである。ある人は意欲を失って他派に移籍したり、他に魅力を感じて離れ、ある人は管理人のグループから離脱して独立する場合もあった。或いは目標を失って挫折する者がいる。管理人から言わせると目標の設定が甘いと言わざるを得ない。当學院は香港カンフー(詠春拳)を最終段階まで習得する事を目標とした者達の集団と最初から規定されているのだ。しかるに道を踏み外す者は最終段階まで習得すると言うのが目標なのかどうか誠に微妙である。最終段階まで習得する必要がないから適当な所で停滞する事も、曲がっていく事もありになってしまうのだと思われる。目標を見失うこの自体あり得ない事なのだが…。目標が定まらないから歩んでいく道程も非常に怪しくなる。行動の根本が最終段階を目指す所にあれば道は踏み外す訳がない。決して迷いの道を進んではならない。

この様に詠春拳の修業には様々な誘惑や挫折が待ち受けている。そんな時に正しき方向へ導くのが師であり、兄弟子なのだ。当學院が徒弟制度を採用しているのはその様な事情からである。管理人はブレずに最終段階までの道を最短距離で突き進んでいる。逆に言うとそれらの人々は最終段階まで習得すると言う意味に於いては淘汰されるべき人々なのかも知れないが、指導者として一人でも多くの人を救っていきたいと願うのである。
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