六道に迷う、又は声聞の練習生は…

佛教ではこの娑婆世界を10段階に分類し、これを十界または十法界(じっぽうかい)と呼ぶびますその下位の6つの境涯が六道(ろくどう、りくどう)で自らの業の結果として輪廻転生する6種の世界の事を顕しています。三宝に帰依し、佛門での修行の結果、この六道を離れた状態を上位4つの境涯で下位より声聞(しょうもん)界縁覚(えんがく)界菩薩界佛界と呼ばれます。折角、佛縁によって佛門の末席に加わる知遇を得て、真実の道を求めだしたにも関わらず、煩悩の誘惑に負け六道に戻ってしまう者は少なくありません。真実の道を得た限りはこの一つの道をひらすら求め、最終段階の佛となって涅槃寂静の世界を体得しなければならないと思います。これが佛門に加わった者の究極の目標であり、それによって我々は苦悩から解放されるのです。
正統詠春拳は佛門を起源とする門派の為、前述の事象と同じ事が起こります。例えば他の格闘技と同時並行で習う場合、他の格闘技との拳技の相違によって詠春拳の拳技の進捗状況が著しく遅くなる、又は全く向上しないと言う事が良く起こります。これは前述の場合の煩悩の誘惑に負け六道に戻ってしまう事に当たります。案の定、その様な練習生は離脱する場合が多いです。これでは真実にやっと巡り会った意味がありませんね。意味のない事はしないのが詠春拳の極意です。この様な練習生には無駄な事をしない為には、あなたは詠春拳をしなかった方が無駄が無かった行動であったと言えます。真実に巡り会って、真実を捨てしまったと言うあなたの行為は、あなたにとっての佛様の試練です。しっかり乗り超えて、次の機会での真実との出逢いまで持って欲しいと思います。

離脱する練習生は関係性が切れますのである意味気楽で良いですが、何時まで経っても詠春拳の神髄が理解出来ない練習生も中には居ます。香港でも武館の名物男となって実力は大したこと無いのに門人から愛されてるキャラの練習生も居ます。当學院でも拳技の進捗状況の悪い練習生何名かおります。管理人はその様な人を排除する様な事は決してありませんが、何かの切っ掛けで真実の拳技に目覚め、詠春拳の拳技を習得してくれる事を心から願っております。指導は既に充分過ぎるぐらいしておりますが、あとは真実に気付き、真実を実践する事を待つばかりの状態です。ボールは既に練習生へ投げられており、現状では練習生が持ったボールを投げる段階となっています。投げなければ習得出来ません。習得する為には実践あるのみなのに実践に踏み出さない練習生がいるので、誠にじれったいですね。

佛門では立派な理屈を聞くだけで実践しない人を声聞と申します。端的に言うと声聞は六道に迷ってる訳ではないけど聞いてるだけで何にもしないと言う中途半端な状態です。詠春拳で言えば詠春拳の崇高な拳理にはリスペクトしているものの、自分が習得する段になったら踏み出せない練習生という事が言えるでしょうか。来年から当學院は一斉に進級試験を実施する事になりました。無理矢理でもこれで習得して頂きます。練習時に各練習生の課題は言い渡してあるので、あとは課題の解消に向けて踏み出すだけです。頑張ってもらいたいものですね。2018年は底引き網漁のような底上げを実施します。


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指導者も指導者なら練習生も練習生 低レベルでの調和について

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管理人は昔から日本でインチキ詠春拳ばかり蔓延っているのはインチキを教える指導者が練習生を惑わせていて、悪いのはインチキを教える指導者だと考えていました。確かに日本で詠春拳を教える指導者は自分の師傅が誰かと言う事すら公表出来ない出自不明の存在であって、胸を張って自らの傳人族符を語る事すら出来ない身分の卑しい方ばかりです。最近は出自を公表している指導者が出てきて50%の指導者は身分を公表しておりますが、未だ50%は誰に習ったか分からない詠春拳なのにそれをを有料で教えている状況です。中には「私の詠春拳は葉問派ではない!」と公言する事によって全ての批判を受け流す「究極の膀手」の様な事をのたまう指導者も存在していました。つまりセミナー等でちょっとかじってきたにわか詠春拳受けた途端、指導者面して練習生を募集して月謝取って教室を構えているのが日本の詠春拳の現状で、現在は少しずつ改善しつつありますが、大まかに言うと1980年代から今に至る状況はそんな感じです。それが日本の詠春拳史の中の黒歴史なのでありました。

その様な指導者にも2種類に分類され、一つ目は完全な悪意に満ちたペテン師の場合で、二つ目は指導者が継続的な詠春拳の修業が不可能なために仕方なく不完全な詠春拳を教えてしまってるやや悪気のない場合とが存在します。一つ目は論外として二つ目の場合でも、教えちゃいけない段階の人が教えている事に大きな問題があります。この様な日本の状況下で管理人はインチキ詠春拳を普及させる指導者の責任ばかりを責めてきました。しかし、最近この考えが間違いではないかと考える様になってきました。

ペテン師に引っ掛かっている練習生の側にも問題がある事に気が付いてきました。つまり、騙す側にも問題があるものの、騙されている練習生の側にも同じく大きな問題があるのです。それは詠春拳を志す決意が低い事に起因します。当學院では最終段階まで正統詠春拳を極めようと言う固い決意の方のみ新規加入して頂いております。しかし日本の多くの教室は詠春拳をちょっと楽しみたいとか、運動不足の解消目的で詠春拳を中途半端にやってみたい等の理由でお申し込みされる方が少なくないのです。意外に思われるかもしれませんが、詠春拳を志す申込者の中には正統詠春拳を学びたくない方が意外に多い事に管理人は驚きを禁じ得ません。

その様な申込者は、詠春拳未経験の場合は真実を語り、また見せ、そして体験させると、一様に驚き、目が点になって、辞退する事が殆どです。詠春拳経験者の場合は参加者の拳技を見せて頂いた上で、その方の術理の矛盾を看破し、正統詠春拳の術理を解説する事によって、真実に目覚めて頂いております。そして、これまでが時間とお金の無駄であった事を理解して頂き、ゼロからの再出発を勧めます。一般的に当學院では体験参加者が詠春拳を体験するに当たっては、まず、正統詠春拳の困難さを理解して頂き、体験者に詠春拳の才能がゼロである事を理解して頂いております。その上でこの困難な拳技を習得する為には、困難を克服する根気と休まず通う行動力が困難を解決する唯一の解決策と説いた上で、新規加入の可否をファイナルアンサーして頂いております。管理人はこの時に至って、辞退する新規申込者の気持ちがこれまで理解出来ませんでしたが、最近真実などどうでも良いと考える人が存在するのが判明したのです。口で何と言おうとこの様な申込者は詠春拳の事をバカにしています。

詠春拳を志す限り、詠春拳の本当の拳技を知り、正しく詠春拳を修業し、将来必ず最終段階まで習得してやろうと考えるのが至極当然と管理人は承知していましたが、いい加減でもよい、インチキでも大丈夫、中途半端でもへっちゃらという輩が詠春拳を志す者の中に存在しているのだと言う事実が紛れもない真実である事が判明しました。むしろそんなペテン師に喜んで月謝を払って詠春拳もどきを教えてもらう練習生が居ると言う事実に目を背けてはならないのです。

これは指導者が悪いのか、その指導者に群がる練習生が悪いのか、管理人は考えてみました。結論としては両方悪いと言うものでした。双方が連携しあって悪い方向へと向かっていく悪循環が形成されております。指導する能力の欠如した指導者に志の低い練習生が集う事で練習生の意向が指導者の意図しない形で反映され、教室の意思が形成される事もあり得ます。そう言う意味では練習生の言語化していない無気力の意思に引きずられて指導者が翻弄され、更に中途半端な状態に陥ってしまう事も考えられます。信念のない指導者は練習生に迎合します。だから雙方に責任があるのです。練習生の側が被害者とはならないんですね。

本學院では新規加入時に香港カンフー武術學院新規加入申込者規約を確認致しますが、その第12条運動不足の解消や楽しみのみを求める等、最終段階まで拳技の向上、功夫の獲得を真摯に求めない申込者は新規加入する事は出来ないとあり、このようなレベルの低い新規申込者は同規約第12条に抵触する為、新規加入が出来ないか、新規加入後でもそれが判明した場合は除籍対象となります。ただ一つ言える事は、ペテン師の指導者が教える事と、レベルの低い練習生がその対価に費用を支払うと言う双方の契約関係は成立しており。その意味ではその関係は円満であると言う事です。レベルの非常に低い調和ですね。もちろん円満だから問題がないと言う訳では当然ありません。志の低い練習生は心の底で中國武術や指導者をの事を蔑んでいます。

当學院が標榜する高き理念とは対照的な関係です。当學院では新規加入申込者は「最終段階まで詠春拳を習得する事を誓いますので、どうか詠春拳を教えて下さい」と言うのが新規加入申込者の立場です。それに甘ったれた調和の関係は一切ありません。厳しく崇高な技術を体得するぞとの高き意気込みとどの様な困難にも耐え抜き修業しますとの固い決意を表明し、申し込み者の誠を指導者へ捧げます。そしてその状況に至って指導者は申込者を総合的に判断しての新規加入が許されるのです。詠春拳をバカにする者は同規約第10条に抵触する為新規加入は見送られる事となります。

佛教では信者は三宝に帰依しなければなりません。すなわち佛・法・僧に帰依します。詠春拳で言い換えれば佛は詠春門という門派、法は詠春拳の術理、僧は自分の直接の指導者となります。また、帰依とはすぐれた者 (特に人格者) に対して,全身全霊をもって依存すること。仏教では特に,信仰をいだくことに用いられます。当學院の新規加入申込者も詠春拳としての三宝に帰依しなければなりません。この様なレベルの高い人間関係によって詠春拳の拳技は師から弟子へと伝承されていくのです。当學院は門外不出の真実の正統詠春拳を日本の地で普及させる事を目的として活動しております。この高き志は指導者だけでなく、練習生にも当然求められます。過去に他派から移籍してきた方は、余程改心してゼロから再スタートした方しか継続出来ませんでした。前と同じ様な気持ちでは当學院では続かないのは明らかです。

最後にこんな詠春拳の指導者には注意! 
というあるあるをいくつかお伝えしたいと思います。

①自分の指導者や系統を尋ねると答えないか非常に嫌がる。
②我こそは正統と言うわりに他派との交流は断固拒絶する。
③新しい事を教わるのに別途高額な報酬を請求される。
④技の名前がカタカナである。漢字を尋ねると怒られる。
⑤術理が英語化されている。漢字を尋ねると凄く怒られる。
⑥本場の香港の武館を紹介してとお願いすると拒否される。
⑦単純に練習が楽しい。
⑧色んな技を短期間に頼みもしないのにどんどん教えてくれる。
⑨練習時間が2時間あるのに、詠春拳の練習は実質1回の練習で30分ぐらいしかない。
⑩「なんだかんだ言ってブルース・リーが最強」と指導者が練習生の前で度々言っている。
⑪武術なんて原理はどれも同じだと他の武術との併習を勧められる。
⑫指導者が香港に1度も行った事ない。または広東語を全く知らない。
⑬詠春拳についての蘊蓄には詳しいが、実際黐手すると劣化したキックボクシングみたいだ。
⑭指導者の小念頭の表演を見ていると長い時でも3分以内に終了する。
⑮指導者が自分の師と言ってる人の名前をググッてもそれらしき人物がヒットしない。
⑯小念頭 尋橋 黐手 様々の応用技術、戦闘理論、展開原則、歩法、寸勁、位置取り方など詠春拳を学べます。…と言う割りに練習時間が1時間もない。


上の様な事が一つでも該当する場合は指導者を怪しまなければならないかもしれません。しかし、問題は実は貴方の側にもあるかもしれないので自分を客観的に見つめ直す必要があるでしょう。

徒弟制度について

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最終段階まで正統詠春拳を極めようと言う固い決意のある方からのご連絡をお待ちしています。詠春拳の経験者優遇! 未経験者歓迎!

本學院は効率的に拳技を効率的に教授するためと本學院内の秩序を維持するために徒弟制度を採用しています。しかし、最近は徒弟制度なるものが理解できない新規申込者が見受けられるため、ここで徒弟制度について告知がてら書く事にしました。
Wikiによると
「徒弟(とてい、apprenticeship)、見習いとは、商人や職人の職業教育制度であり、若い世代を業務に従事させて(オン・ザ・ジョブ・トレーニング, OJT)、時には座学(学校教育や読書など)を行う制度」
とあり、職能教育制度と規定されています。管理人も表面的にはそれで問題ないと思います。しかしこの文章では習う側から見た制度しか説明が無く、教える側と習う側の関係性等徒弟制度の運用に当たっての詳細については全く記述がありません。それに徒弟と見習いが同列になっていますが、弟子と見習いの間には大きな隔たりがあるように感じます。そもそも弟子と見習いでは内容は同じ事でも格が違います。徒弟もしくは弟子とは指導者が技術を教えるに足る相手であると認めた特別な存在と考えるべきです。見習いは集団の中で用事をしながら覚える人であって特別の存在という訳ではありません。

ある自動車教習所が教習生を叱るどころか誉めまくったら教習生が増えたというエピソードが物語るように、自動車を運転する技術を教える仕事は現代に於いてはサービス業と規定され、教習料を支払っている教習生(お客様)が明らかに主導権を握っています。この場合では教える方が客に迎合しておりますのでこの例では同じ教えるという行為であっても徒弟制度とは対極にあるものですね。昨今の武術教室では新規加入する練習生の意識はこんな身勝手な考えの方が優勢であると思われます。

ところが、当學院では頑なに徒弟制度を持ち出して時代遅れの指導法を在籍者に強いていると思われがちですが、そうではありません。徒弟制度での模範たる弟子の態度とは、師から宝物を譲り渡してもらうぐらいの気持ちを持って師から拳技を授かり、常に尊敬と感謝の誠を捧げます。徒弟制度での師弟関係は疑似家族関係となる誓約を師と取り交わす事になるので師を親のように敬う気持ちが大事です。教わる側はそれだけの誠意を師に見せて見込まれた者だけ拳技が授かる事が約束されるものだと管理人は理解しています。この時、師弟相互の信頼関係が無ければ、折角授けた拳技が正しく受け継がれていく保障がなくなります。自動車教習所だと卒業生が轢き逃げをしようと飲酒運転をしようが、それは卒業生の自己責任ですが、中國武術の場合は当然そうはなりません。教えた者の責任は必ず問われる事になります。なので師弟の間には強い絆と信頼関係が求められるのです。信頼できない人物に中國武術の拳技を伝承させる訳にはいかないのです。次世代へこの拳技が正しく伝承されるためには不可欠の条件なのです。

通常、中國武術は日本武道と違って精神論を強調しません。それだけに中國武術の師は日本武道よりはるかに厳しく練習生の素行を見ています。一見ルーズに思える習慣から練習生のつい素が出てしまうのを師はしっかり見ています。素行不良の者には一定以上の重要な拳技は絶対授けません。入り口は広いけれど出口は狭い方式です。最終段階まで拳技を授けるのは師を敬い、師に対して誠意を見せ、これまでに信頼関係の構築出来た者に限られます。中國武術はこの様なプロセスを経て伝承され、伝統を守ってきました。

葉問派詠春拳は伝統的な教授方法を廃して合理的な教授方法を採用する事によって、爆発的に練習者を増やした事は歴史が証明しています。しかしながら葉問派詠春拳の教授方法がサービス業的な感覚を一部呼び込んだ事も事実です。一部の練習生や師の中には拳技の教授に法外な金銭で買うと言う心ない行為が横行し、エセ師範の増産されると言う問題を起こしています。門派の繁栄を引き替えに、中國武術の厳しい後継者への選別が緩くなった葉問派詠春拳ですが、時間を元に戻す事は出来ないと管理人は感じております。それだけに当事者個人の各々の思いが大事ではないかと思います。現時点では師も徒弟も襟を正してこの徒弟制度を守る姿勢が必要になっています。

その根底に流れる思想こそ、儒教であり、とりわけ「仁」が重要です。
仁とはWikiによると
「主に他人に対する親愛の情、優しさを意味しており、儒教における最重要な「五常の徳」のひとつ。また仁と義を合わせて、「仁義」と呼ぶ。古代から近代に至るまで中国人の倫理規定の最重要項目となってきた。中国の伝統的な社会秩序(礼)を支える精神、心のあり方である」とある。
また、コトバンクによると
「儒教が主張した愛情の一形態。愛とは,他人を大切に思い,いつくしむ感情をさす語である。それとは別に仁という語が成立しているからには,仁と愛とは同義ではない。語源については,一般には,仁とは,人間の姿を示す象形文字であるが,(太古においては,他部族の者は人ではないから) 自分の身近にいる親しい間柄の「仲間」,または,二人の人と人との間の愛情の意味,といわれる」とある。

徒弟制度での師弟とは「仁」の精神が根底にあってこそ成立する関係です。お互いを愛し、慈しみ、敬う事によって正しい拳技は次世代へと受け継がれて行かねばならなりません。邪な意思など付け入る隙もない深い信頼関係です。机上の理想を声高に主張しているのではありません。指導者となって久しいですが、正しき者にのみ正しき拳技は授けるのみで授ける資格のない者には授けない決断を行うべきと考えるようになりました。今となって、それをより強く感じる様になりました。管理人は2005年から大阪で指導者として詠春拳の教室を運営していますが、一定以上の拳技を授けて後悔している人物がいます。今なら彼にはもっと少ししか授けなかったと思います。これも指導者として良い経験になっています。振り返ってみて当時はもっと色々と新しい事を練習生に教えていたと思います。今はある意味厳格になり、練習生の態度をじっくりと見せて頂き、必要とあらば新しい拳技を授けるようにしています。これは師として練習生の人を見る様になりました。こういう風になったのもこれまでに脱落、離脱、離反された皆々様の経験があればこそと感謝する次第です。皆さんのお陰でより正しい詠春拳が教えられるようになりました。ありがとうございました。

以上のような理想的な信頼関係を積極的に構築しなければ、日本にいながら修業を続けるという環境の中で香港にいる李恆昌師傳から信頼は得られなかったと思っています。特殊な修業環境だからこそ、管理人が腐心した事から見ると離反した者など月とすっぽんなのは当然ですが、現在籍者も「仁」の精神がまだまだ不十分です。管理人がこの人に是非授けたいと思わせるような練習生に詠春拳を授けてみたいと心から願っております。穢れが剥がれ落ちるように不心得者は脱落・離反していきました。それは我々の修業する詠春拳が正真正銘の眞傳である事の証明だからと自負しております。現在当學院は院内秩序の維持のために徒弟制度を採用しており、この事に賛同できない方からの新規加入はお断りしております。当學院は一丸となって最終段階まで習得する事を目指して最短距離を邁進する集団です。この崇高な理想を高く掲げ、詠春拳の普及・啓蒙、後進の育成を行いたい所存です。決して個人の利益を最優先する利己主義団体ではありません。「仁」の精神を重んずる団体です。

燃え尽き症候群

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燃え尽き症候群という心理的な状態がある。Wikiによると「持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」と定義されている。つまり仕事の能率を著しく低下させる要因としての心因性の疾患である。自分の関心に対して献身的に努力した人が、期待した程の結果が得られなかった場合に感じる徒労感、または欲求不満。慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くしてしまう事を言う。

管理人は詠春拳を習得すると言う道程に於いて感じた事がない状態である。しかし自分が指導する場面に於いて、この燃え尽き症候群とでも言わないと説明が付かない練習生が実に多い事に驚いている。しかもこの燃え尽き症候群と言っても様々な階層で存在し、修業の障害となってしまっている場合が見られる。逆に言うと練習に来なくなる練習生は大なり小なり燃え尽き症候群であろうと思われる。

一番端的な例は練習3回以内で来なくなる練習生であろう。この場合、自分というものへの客観的な洞察力が未熟なため「自分が詠春拳を始めたら問題なく習得できるだろう」と言う非常に甘い見通しに基づく動機があり、新規加入するのである。少なくとも当學院の新規申込者は見学か体験参加の後に手続きするため「こんなはずじゃなかった」と言う事態は少なくともないのである。しかしながら見るのと実際にやるのでは大違いで詠春拳のロジカルなシステムに困惑し、言われた簡単な事が全く出来ない自分に挫折感を味わう。自分の存在すら否定されかねない状況に至って、自分の存在とプライドを護る手段として詠春拳を放棄すると言う結論を導き出す者が少なからず存在するのである。つまり「俺はそこそこ出来る筈…」という甘い目論見が早期に破綻してしまった場合、3回で来なくなると言う現象が起きると分析している。そこで管理人は新規申し込み時に予め「詠春拳の修業は地味で楽しくない事だと理解させる」「1年間は続ける約束が出来る者だけ受け入れる」等を新規加入時に話す事で3回で来なくなる者は激減したのであった。

次に新規加入後、半年程経過してから挫折する練習生が存在する。原因としては3回で来なくなる者と大差はないが、大きな相違点は一通り指導者から言われた事はやろうと努力してみたものの、体現出来なかったもしくは理解できなかったと言った所か。言われて直ぐに出来るようになるのなら苦労はしない。言ってみれば自分の事を天才と誤解している人達である。自分には才能がないと言う現実を知って詠春拳から去る方々と分類される。管理人から言わせれば詠春拳に才能は不要である。よって才能があると自惚れるのも、才能がないと落胆するのも詠春拳の本質から言って間違いなのである。出来ない事を出来るようになるために様々な体験を通して考察し、時間を掛けて完成に向けて前進していく。最初は才能が無くて当たり前、出来なくて当たり前で、それをどうやって出来るようになるのかを考え実践していくのが詠春拳なのである。出来ないから諦めるでは挫折する以外の結論は導き出せない。

次に経験2年程で挫折する練習生がいる。この場合は半年で出来ない事は理解していたが、時間が解決するだろうぐらいの軽い気持ちで問題をやり過ごした場合は、勿論半年の挫折は一見問題なく経過するのである。しかし半年で顕在化した課題を解決せず「臭いものに蓋をする」対処を続け、顕在化した課題をずっと先送りにしてきた練習生はこのぐらいの年数で破綻を来す。何故なら課題を解決しなければ、次の段階の求められる状態が体現出来ないからである。本人に言わせれば立派な燃え尽き症候群なのかもしれないが、管理人から言わせればこれはただの怠慢である。本質から目を背けるのではなく目標に向かって突き進むのである。物事の本質を見誤る練習生は実に多い。簡単に言うと肝心な事を粗末にして、どうでもいい事に傾注するのだ。この様な傾向のある練習生は最終的に挫折の道を歩むのである。これなら最初からやらない方が賢明だ。地道な努力こそ詠春拳を習得する原動力であって、この有様は必要な努力を怠った末路と言える。

最後に経験3年から4年で挫折する練習生がいる。この場合はある程度の課題はクリアしそこそこのカンフーは体現できている状態の練習生、もしくは門下生となる。3年以上掛けて何とか習得した功夫があり、入り立ての練習生から見れば羨ましい限りと思われる人にまさに魔が差すのである。ある人は意欲を失って他派に移籍したり、他に魅力を感じて離れ、ある人は管理人のグループから離脱して独立する場合もあった。或いは目標を失って挫折する者がいる。管理人から言わせると目標の設定が甘いと言わざるを得ない。当學院は香港カンフー(詠春拳)を最終段階まで習得する事を目標とした者達の集団と最初から規定されているのだ。しかるに道を踏み外す者は最終段階まで習得すると言うのが目標なのかどうか誠に微妙である。最終段階まで習得する必要がないから適当な所で停滞する事も、曲がっていく事もありになってしまうのだと思われる。目標を見失うこの自体あり得ない事なのだが…。目標が定まらないから歩んでいく道程も非常に怪しくなる。行動の根本が最終段階を目指す所にあれば道は踏み外す訳がない。決して迷いの道を進んではならない。

この様に詠春拳の修業には様々な誘惑や挫折が待ち受けている。そんな時に正しき方向へ導くのが師であり、兄弟子なのだ。当學院が徒弟制度を採用しているのはその様な事情からである。管理人はブレずに最終段階までの道を最短距離で突き進んでいる。逆に言うとそれらの人々は最終段階まで習得すると言う意味に於いては淘汰されるべき人々なのかも知れないが、指導者として一人でも多くの人を救っていきたいと願うのである。

嗚呼、勘違い!

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大阪守口本部では2016年新規加入者の募集は打ち切りました。ただ今2017年新規加入者を募集しております。

練習生の中には、指導者の指導法にケチを付ける方が少なからずいます。つまり教え方が悪いから習得出来ないと言うロジックです。一見もっともらしいご意見の様に思えますが、しかしその練習生は大いなる勘違いをしています。その練習生の言うロジックが成り立つには練習生が素晴らしい教え方さえしてもらえたら、即座に習得出来なければなりません。現実にはそんな教え方も、そんな指導者も、そんな練習生も居ないのです。それは練習生の抱きやすい幻想でしかなく、現実逃避でしかありません。

現実、管理人の経験では基礎的な拳技でも、教えて即座に出来た練習生はほぼいません。多くの練習生は細かい拳理を説明し、模範をやって見せても出来ない者ばかりです。更に実際にやってもらっておかしい所を指摘し、修正を促しても、75%の練習生は即座には体現出来ません。そればかりか、目が点になる練習生が30%はいます。目が点になるとは、理解の範疇を遙かに超して何をしていいか分からなくなる状態と言っていいでしょうか? まぁ、そんな感じでしょう。即座にある程度は体現出来る25%の優秀な練習生にしても再現性に乏しいとか、指導者が付いてないと途端に出来なくなる等グレーゾーンの練習生です。指導者から授かって即座に自由自在に使いこなせる人は限りなくゼロに近い確率となります。これが現実です。

では目が点になる練習生が指導者から授かった拳技を体現出来る様になるにはどうすれば良いのでしょうか? 目が点になる原因は自分が何をしているか理解していない事で起こります。自分がやってる事が理解出来ていないので、指導者からの指導を受けてもその通り修正出来ないのです。指導を受けて修正するには修正する前の状態を客観的に分析出来、指導者の指摘を修正していくプロセスが必要です。その基礎となる客観的な分析が困難な練習生は永遠に修正出来ないという事になってしまいます。それが目が点になると言う状態なのです。

この状態から練習生が授かった拳技を習得するには弛まぬ努力と根気が必要です。まずは自分が何をしているのかを知る所から全ては始まります。客観的に自分のしている事が理解出来たら、そこで始めて指導者の指導が受け入れる事が出来る状態となるのです。理解は出来るけれども体現は出来ない練習生へと昇格します。約45%の練習生です。
つまり
目が点になる約30%理解は出来るが体現は出来ない約45%即座にある程度は体現出来る約25%自由自在に使いこなせる約0% 数値は授けた直後の数値です。

以上の段階を昇格して授けた拳技は完成していく訳ですが、時間的には短時間で習得出来るものでは決してありません。この様なプロセスを経ずしていきなり自由自在に使いこなせると考える練習生の幻想は、荒唐無稽と言わざるを得ません。最終的に身に付けるのは練習生自身であって、指導者ではありません。その意味では、良い指導さえあれば習得出来ると言う様な受動的な態度で習得出来るとは管理人には考えられなせん。

管理人は2007年に新規加入した練習生に教える気あるんですか?と質問された事を思い出します。彼は自分が拳技を習得出来ないのは指導者が教えてくれないからと完全に思い込み前述の質問をしてきたのです。当時、香港の師から何年掛かりで身に付けなければならない大きな課題を提示され、その課題を解消する為、日夜努力していた管理人は、その練習生を即座に除籍致しました。今の京都支部の教練と「教えてすぐに出来るんやったら、世話無いわ」と言葉を吐き捨てたのを思い出します。結局、中國武術のマニアでであった練習生は深遠な中國武術をリスペクトしているのではなく、ネタさえバラせば、すぐ出来る簡単で薄っぺらい拳技と考えていたのでしょう。指導者が出し惜しみしているので身に付かないと考える不心得者でした。これは管理人は中國武術マニアが一番中國武術の事をバカにしていると言う事に確信が持てた事案でした。それ以降、当學院ではそれに類する方の新規加入はお断りしております。

話が脱線しましたが、荒唐無稽な幻想に惑わされ、責任転嫁の挙げ句、冒頭のご意見となるのが真相の様です。掲示板に質問すると「自分で考えろ!」などと責任転嫁する先生はブラック団体と規定されていますが、自分で考えられない練習生がどうして結果を得る事が出来るでしょうか。他人任せで向上しようと言うのは虫が良すぎると言うものです。結果は自分で掴み取るものです。指導者は主体ではなくヒントを与えているに過ぎません。指導者によってヒントに差があるのは当然ですが、指導者が最後まで連れて行ってくれる訳ではないのです。

管理人から言えば、目が点になる練習生の方が、遙かに教えるのが困難で、理解してもらうのに苦労致します。説明も細かく、ダメ出しの多く大変です。その上、途中で来なくなったら、教えてきたこれまでの苦労が全て水の泡になってしまった感があって、虚脱感と喪失感が半端ないっす。やりきれない思いで一杯になります。ま、それが教えるスキルを向上させてるのも事実ですが…。この文章は管理人から詠春拳を教授する以上、避けて通れない一部の人達へのささやかなクリスマス・プレゼントです。