徒弟制度について

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現在、大阪守口本部、愛知支部、京都支部、学研支部、東京支部で2017年男女新規メンバーを募集しています。3月より詠春班東京支部が開設されました。当面は月1回、練馬区内の公共スポーツ施設にて開催。次回の練習日は5月21日です。参加費用は3000円です。只今詠春班東京支部男女新規加入者を大募集中です。奮ってご応募下さい! 学研支部は現在「無料見学・体験フェスタ2017」開催中! 
最終段階まで正統詠春拳を極めようと言う固い決意のある方からのご連絡をお待ちしています。詠春拳の経験者優遇! 未経験者歓迎!

本學院は効率的に拳技を効率的に教授するためと本學院内の秩序を維持するために徒弟制度を採用しています。しかし、最近は徒弟制度なるものが理解できない新規申込者が見受けられるため、ここで徒弟制度について告知がてら書く事にしました。
Wikiによると
「徒弟(とてい、apprenticeship)、見習いとは、商人や職人の職業教育制度であり、若い世代を業務に従事させて(オン・ザ・ジョブ・トレーニング, OJT)、時には座学(学校教育や読書など)を行う制度」
とあり、職能教育制度と規定されています。管理人も表面的にはそれで問題ないと思います。しかしこの文章では習う側から見た制度しか説明が無く、教える側と習う側の関係性等徒弟制度の運用に当たっての詳細については全く記述がありません。それに徒弟と見習いが同列になっていますが、弟子と見習いの間には大きな隔たりがあるように感じます。そもそも弟子と見習いでは内容は同じ事でも格が違います。徒弟もしくは弟子とは指導者が技術を教えるに足る相手であると認めた特別な存在と考えるべきです。見習いは集団の中で用事をしながら覚える人であって特別の存在という訳ではありません。

ある自動車教習所が教習生を叱るどころか誉めまくったら教習生が増えたというエピソードが物語るように、自動車を運転する技術を教える仕事は現代に於いてはサービス業と規定され、教習料を支払っている教習生(お客様)が明らかに主導権を握っています。この場合では教える方が客に迎合しておりますのでこの例では同じ教えるという行為であっても徒弟制度とは対極にあるものですね。昨今の武術教室では新規加入する練習生の意識はこんな身勝手な考えの方が優勢であると思われます。

ところが、当學院では頑なに徒弟制度を持ち出して時代遅れの指導法を在籍者に強いていると思われがちですが、そうではありません。徒弟制度での模範たる弟子の態度とは、師から宝物を譲り渡してもらうぐらいの気持ちを持って師から拳技を授かり、常に尊敬と感謝の誠を捧げます。徒弟制度での師弟関係は疑似家族関係となる誓約を師と取り交わす事になるので師を親のように敬う気持ちが大事です。教わる側はそれだけの誠意を師に見せて見込まれた者だけ拳技が授かる事が約束されるものだと管理人は理解しています。この時、師弟相互の信頼関係が無ければ、折角授けた拳技が正しく受け継がれていく保障がなくなります。自動車教習所だと卒業生が轢き逃げをしようと飲酒運転をしようが、それは卒業生の自己責任ですが、中國武術の場合は当然そうはなりません。教えた者の責任は必ず問われる事になります。なので師弟の間には強い絆と信頼関係が求められるのです。信頼できない人物に中國武術の拳技を伝承させる訳にはいかないのです。次世代へこの拳技が正しく伝承されるためには不可欠の条件なのです。

通常、中國武術は日本武道と違って精神論を強調しません。それだけに中國武術の師は日本武道よりはるかに厳しく練習生の素行を見ています。一見ルーズに思える習慣から練習生のつい素が出てしまうのを師はしっかり見ています。素行不良の者には一定以上の重要な拳技は絶対授けません。入り口は広いけれど出口は狭い方式です。最終段階まで拳技を授けるのは師を敬い、師に対して誠意を見せ、これまでに信頼関係の構築出来た者に限られます。中國武術はこの様なプロセスを経て伝承され、伝統を守ってきました。

葉問派詠春拳は伝統的な教授方法を廃して合理的な教授方法を採用する事によって、爆発的に練習者を増やした事は歴史が証明しています。しかしながら葉問派詠春拳の教授方法がサービス業的な感覚を一部呼び込んだ事も事実です。一部の練習生や師の中には拳技の教授に法外な金銭で買うと言う心ない行為が横行し、エセ師範の増産されると言う問題を起こしています。門派の繁栄を引き替えに、中國武術の厳しい後継者への選別が緩くなった葉問派詠春拳ですが、時間を元に戻す事は出来ないと管理人は感じております。それだけに当事者個人の各々の思いが大事ではないかと思います。現時点では師も徒弟も襟を正してこの徒弟制度を守る姿勢が必要になっています。

その根底に流れる思想こそ、儒教であり、とりわけ「仁」が重要です。
仁とはWikiによると
「主に他人に対する親愛の情、優しさを意味しており、儒教における最重要な「五常の徳」のひとつ。また仁と義を合わせて、「仁義」と呼ぶ。古代から近代に至るまで中国人の倫理規定の最重要項目となってきた。中国の伝統的な社会秩序(礼)を支える精神、心のあり方である」とある。
また、コトバンクによると
「儒教が主張した愛情の一形態。愛とは,他人を大切に思い,いつくしむ感情をさす語である。それとは別に仁という語が成立しているからには,仁と愛とは同義ではない。語源については,一般には,仁とは,人間の姿を示す象形文字であるが,(太古においては,他部族の者は人ではないから) 自分の身近にいる親しい間柄の「仲間」,または,二人の人と人との間の愛情の意味,といわれる」とある。

徒弟制度での師弟とは「仁」の精神が根底にあってこそ成立する関係です。お互いを愛し、慈しみ、敬う事によって正しい拳技は次世代へと受け継がれて行かねばならなりません。邪な意思など付け入る隙もない深い信頼関係です。机上の理想を声高に主張しているのではありません。指導者となって久しいですが、正しき者にのみ正しき拳技は授けるのみで授ける資格のない者には授けない決断を行うべきと考えるようになりました。今となって、それをより強く感じる様になりました。管理人は2005年から大阪で指導者として詠春拳の教室を運営していますが、一定以上の拳技を授けて後悔している人物がいます。今なら彼にはもっと少ししか授けなかったと思います。これも指導者として良い経験になっています。振り返ってみて当時はもっと色々と新しい事を練習生に教えていたと思います。今はある意味厳格になり、練習生の態度をじっくりと見せて頂き、必要とあらば新しい拳技を授けるようにしています。これは師として練習生の人を見る様になりました。こういう風になったのもこれまでに脱落、離脱、離反された皆々様の経験があればこそと感謝する次第です。皆さんのお陰でより正しい詠春拳が教えられるようになりました。ありがとうございました。

以上のような理想的な信頼関係を積極的に構築しなければ、日本にいながら修業を続けるという環境の中で香港にいる李恆昌師傳から信頼は得られなかったと思っています。特殊な修業環境だからこそ、管理人が腐心した事から見ると離反した者など月とすっぽんなのは当然ですが、現在籍者も「仁」の精神がまだまだ不十分です。管理人がこの人に是非授けたいと思わせるような練習生に詠春拳を授けてみたいと心から願っております。穢れが剥がれ落ちるように不心得者は脱落・離反していきました。それは我々の修業する詠春拳が正真正銘の眞傳である事の証明だからと自負しております。現在当學院は院内秩序の維持のために徒弟制度を採用しており、この事に賛同できない方からの新規加入はお断りしております。当學院は一丸となって最終段階まで習得する事を目指して最短距離を邁進する集団です。この崇高な理想を高く掲げ、詠春拳の普及・啓蒙、後進の育成を行いたい所存です。決して個人の利益を最優先する利己主義団体ではありません。「仁」の精神を重んずる団体です。
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燃え尽き症候群

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燃え尽き症候群という心理的な状態がある。Wikiによると「持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」と定義されている。つまり仕事の能率を著しく低下させる要因としての心因性の疾患である。自分の関心に対して献身的に努力した人が、期待した程の結果が得られなかった場合に感じる徒労感、または欲求不満。慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くしてしまう事を言う。

管理人は詠春拳を習得すると言う道程に於いて感じた事がない状態である。しかし自分が指導する場面に於いて、この燃え尽き症候群とでも言わないと説明が付かない練習生が実に多い事に驚いている。しかもこの燃え尽き症候群と言っても様々な階層で存在し、修業の障害となってしまっている場合が見られる。逆に言うと練習に来なくなる練習生は大なり小なり燃え尽き症候群であろうと思われる。

一番端的な例は練習3回以内で来なくなる練習生であろう。この場合、自分というものへの客観的な洞察力が未熟なため「自分が詠春拳を始めたら問題なく習得できるだろう」と言う非常に甘い見通しに基づく動機があり、新規加入するのである。少なくとも当學院の新規申込者は見学か体験参加の後に手続きするため「こんなはずじゃなかった」と言う事態は少なくともないのである。しかしながら見るのと実際にやるのでは大違いで詠春拳のロジカルなシステムに困惑し、言われた簡単な事が全く出来ない自分に挫折感を味わう。自分の存在すら否定されかねない状況に至って、自分の存在とプライドを護る手段として詠春拳を放棄すると言う結論を導き出す者が少なからず存在するのである。つまり「俺はそこそこ出来る筈…」という甘い目論見が早期に破綻してしまった場合、3回で来なくなると言う現象が起きると分析している。そこで管理人は新規申し込み時に予め「詠春拳の修業は地味で楽しくない事だと理解させる」「1年間は続ける約束が出来る者だけ受け入れる」等を新規加入時に話す事で3回で来なくなる者は激減したのであった。

次に新規加入後、半年程経過してから挫折する練習生が存在する。原因としては3回で来なくなる者と大差はないが、大きな相違点は一通り指導者から言われた事はやろうと努力してみたものの、体現出来なかったもしくは理解できなかったと言った所か。言われて直ぐに出来るようになるのなら苦労はしない。言ってみれば自分の事を天才と誤解している人達である。自分には才能がないと言う現実を知って詠春拳から去る方々と分類される。管理人から言わせれば詠春拳に才能は不要である。よって才能があると自惚れるのも、才能がないと落胆するのも詠春拳の本質から言って間違いなのである。出来ない事を出来るようになるために様々な体験を通して考察し、時間を掛けて完成に向けて前進していく。最初は才能が無くて当たり前、出来なくて当たり前で、それをどうやって出来るようになるのかを考え実践していくのが詠春拳なのである。出来ないから諦めるでは挫折する以外の結論は導き出せない。

次に経験2年程で挫折する練習生がいる。この場合は半年で出来ない事は理解していたが、時間が解決するだろうぐらいの軽い気持ちで問題をやり過ごした場合は、勿論半年の挫折は一見問題なく経過するのである。しかし半年で顕在化した課題を解決せず「臭いものに蓋をする」対処を続け、顕在化した課題をずっと先送りにしてきた練習生はこのぐらいの年数で破綻を来す。何故なら課題を解決しなければ、次の段階の求められる状態が体現出来ないからである。本人に言わせれば立派な燃え尽き症候群なのかもしれないが、管理人から言わせればこれはただの怠慢である。本質から目を背けるのではなく目標に向かって突き進むのである。物事の本質を見誤る練習生は実に多い。簡単に言うと肝心な事を粗末にして、どうでもいい事に傾注するのだ。この様な傾向のある練習生は最終的に挫折の道を歩むのである。これなら最初からやらない方が賢明だ。地道な努力こそ詠春拳を習得する原動力であって、この有様は必要な努力を怠った末路と言える。

最後に経験3年から4年で挫折する練習生がいる。この場合はある程度の課題はクリアしそこそこのカンフーは体現できている状態の練習生、もしくは門下生となる。3年以上掛けて何とか習得した功夫があり、入り立ての練習生から見れば羨ましい限りと思われる人にまさに魔が差すのである。ある人は意欲を失って他派に移籍したり、他に魅力を感じて離れ、ある人は管理人のグループから離脱して独立する場合もあった。或いは目標を失って挫折する者がいる。管理人から言わせると目標の設定が甘いと言わざるを得ない。当學院は香港カンフー(詠春拳)を最終段階まで習得する事を目標とした者達の集団と最初から規定されているのだ。しかるに道を踏み外す者は最終段階まで習得すると言うのが目標なのかどうか誠に微妙である。最終段階まで習得する必要がないから適当な所で停滞する事も、曲がっていく事もありになってしまうのだと思われる。目標を見失うこの自体あり得ない事なのだが…。目標が定まらないから歩んでいく道程も非常に怪しくなる。行動の根本が最終段階を目指す所にあれば道は踏み外す訳がない。決して迷いの道を進んではならない。

この様に詠春拳の修業には様々な誘惑や挫折が待ち受けている。そんな時に正しき方向へ導くのが師であり、兄弟子なのだ。当學院が徒弟制度を採用しているのはその様な事情からである。管理人はブレずに最終段階までの道を最短距離で突き進んでいる。逆に言うとそれらの人々は最終段階まで習得すると言う意味に於いては淘汰されるべき人々なのかも知れないが、指導者として一人でも多くの人を救っていきたいと願うのである。

嗚呼、勘違い!

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大阪守口本部では2016年新規加入者の募集は打ち切りました。ただ今2017年新規加入者を募集しております。

練習生の中には、指導者の指導法にケチを付ける方が少なからずいます。つまり教え方が悪いから習得出来ないと言うロジックです。一見もっともらしいご意見の様に思えますが、しかしその練習生は大いなる勘違いをしています。その練習生の言うロジックが成り立つには練習生が素晴らしい教え方さえしてもらえたら、即座に習得出来なければなりません。現実にはそんな教え方も、そんな指導者も、そんな練習生も居ないのです。それは練習生の抱きやすい幻想でしかなく、現実逃避でしかありません。

現実、管理人の経験では基礎的な拳技でも、教えて即座に出来た練習生はほぼいません。多くの練習生は細かい拳理を説明し、模範をやって見せても出来ない者ばかりです。更に実際にやってもらっておかしい所を指摘し、修正を促しても、75%の練習生は即座には体現出来ません。そればかりか、目が点になる練習生が30%はいます。目が点になるとは、理解の範疇を遙かに超して何をしていいか分からなくなる状態と言っていいでしょうか? まぁ、そんな感じでしょう。即座にある程度は体現出来る25%の優秀な練習生にしても再現性に乏しいとか、指導者が付いてないと途端に出来なくなる等グレーゾーンの練習生です。指導者から授かって即座に自由自在に使いこなせる人は限りなくゼロに近い確率となります。これが現実です。

では目が点になる練習生が指導者から授かった拳技を体現出来る様になるにはどうすれば良いのでしょうか? 目が点になる原因は自分が何をしているか理解していない事で起こります。自分がやってる事が理解出来ていないので、指導者からの指導を受けてもその通り修正出来ないのです。指導を受けて修正するには修正する前の状態を客観的に分析出来、指導者の指摘を修正していくプロセスが必要です。その基礎となる客観的な分析が困難な練習生は永遠に修正出来ないという事になってしまいます。それが目が点になると言う状態なのです。

この状態から練習生が授かった拳技を習得するには弛まぬ努力と根気が必要です。まずは自分が何をしているのかを知る所から全ては始まります。客観的に自分のしている事が理解出来たら、そこで始めて指導者の指導が受け入れる事が出来る状態となるのです。理解は出来るけれども体現は出来ない練習生へと昇格します。約45%の練習生です。
つまり
目が点になる約30%理解は出来るが体現は出来ない約45%即座にある程度は体現出来る約25%自由自在に使いこなせる約0% 数値は授けた直後の数値です。

以上の段階を昇格して授けた拳技は完成していく訳ですが、時間的には短時間で習得出来るものでは決してありません。この様なプロセスを経ずしていきなり自由自在に使いこなせると考える練習生の幻想は、荒唐無稽と言わざるを得ません。最終的に身に付けるのは練習生自身であって、指導者ではありません。その意味では、良い指導さえあれば習得出来ると言う様な受動的な態度で習得出来るとは管理人には考えられなせん。

管理人は2007年に新規加入した練習生に教える気あるんですか?と質問された事を思い出します。彼は自分が拳技を習得出来ないのは指導者が教えてくれないからと完全に思い込み前述の質問をしてきたのです。当時、香港の師から何年掛かりで身に付けなければならない大きな課題を提示され、その課題を解消する為、日夜努力していた管理人は、その練習生を即座に除籍致しました。今の京都支部の教練と「教えてすぐに出来るんやったら、世話無いわ」と言葉を吐き捨てたのを思い出します。結局、中國武術のマニアでであった練習生は深遠な中國武術をリスペクトしているのではなく、ネタさえバラせば、すぐ出来る簡単で薄っぺらい拳技と考えていたのでしょう。指導者が出し惜しみしているので身に付かないと考える不心得者でした。これは管理人は中國武術マニアが一番中國武術の事をバカにしていると言う事に確信が持てた事案でした。それ以降、当學院ではそれに類する方の新規加入はお断りしております。

話が脱線しましたが、荒唐無稽な幻想に惑わされ、責任転嫁の挙げ句、冒頭のご意見となるのが真相の様です。掲示板に質問すると「自分で考えろ!」などと責任転嫁する先生はブラック団体と規定されていますが、自分で考えられない練習生がどうして結果を得る事が出来るでしょうか。他人任せで向上しようと言うのは虫が良すぎると言うものです。結果は自分で掴み取るものです。指導者は主体ではなくヒントを与えているに過ぎません。指導者によってヒントに差があるのは当然ですが、指導者が最後まで連れて行ってくれる訳ではないのです。

管理人から言えば、目が点になる練習生の方が、遙かに教えるのが困難で、理解してもらうのに苦労致します。説明も細かく、ダメ出しの多く大変です。その上、途中で来なくなったら、教えてきたこれまでの苦労が全て水の泡になってしまった感があって、虚脱感と喪失感が半端ないっす。やりきれない思いで一杯になります。ま、それが教えるスキルを向上させてるのも事実ですが…。この文章は管理人から詠春拳を教授する以上、避けて通れない一部の人達へのささやかなクリスマス・プレゼントです。


今時の練習生事情 闡提4

10・16ハイパーSNT(小念頭)セミナー in 大阪のお申し込みは下のリンクをクリック下さい。 「ハイパーSNT(小念頭)セミナー in 大阪」 お申し込みフォーム 残席僅か。お早めにお申し込み下さい。

※※※当學院への入会・見学等のお問い合わせは下のリンクをクリック下さい。※※香港カンフー武術學院 専用お問い合わせフォーム もうすぐ定員。定員に達し次第今年度の募集は終了します。

日本では詠春拳は普及していないと言われて久しいですが、最近では関東・関西等、大都市圏では随分改善され、いくつかの選択肢がある状況となりました。日本全国では普及しているとはお世辞にも言えないものの、東京周辺、大阪周辺の一部地域では練習生が教室を選べる状況となっております。そんな事情からある教室の練習生が他の道場へ移籍して練習を続ける事も珍しくなくなっています。地方の詠春拳希望者から見れば羨ましい限りであります。日本では徒弟制度を課している武館は当學院と銭彦師傳の銭氏詠春日本総会だけなので、他の団体に在籍する練習生は比較的気楽に移籍出来るのかもしれません。

近頃、そんな移籍を果たした練習生を3人知る事となりました。3人とも移籍後、練習に励んでおられる様子なので詠春拳そのものには意欲を持って取り組まれておられる様です。退団→移籍するに至った経緯については、円満に退団した場合もあるだろうし、様々な軋轢から指導者から除名処分となった場合も考えられるでしょう。また逆に練習生から指導者を見限って離脱した場合もあるかもしれません。今回取り上げているのは詠春拳そのものを辞めてしまう脱落者ではなく、他の団体へi移籍してもなお詠春拳を継続する練習生が少なからず存在すると言う事です。

当學院でも在籍者の内で5名程は他団体の詠春拳経験者です。管理人が他団体の詠春拳経験者を指導する時に一番腐心する事は、まず一般的に詠春拳が合理的な技術体系である事を認識させ、この意識を両者が共有しながら詠春拳の術理を解説し、真の合理的術理とは何か? また当學院の詠春拳が如何に詠春拳の合理的な術理と合致しているかを理解してもらいながら練習を進めていきます。すると、そこで気付く人は当學院の詠春拳の素晴らしさに感動して頂ける場合もあります。しかし、中には前指導者の指導に執着して管理人の指導を受け入れられない方もいらっしゃいますが、何も考えず盲目的に練習をしてしまっていた方は気付くのに時間が掛かる場合もあります。理解力のある方はどちらの言い分が合理的かで直感的に理解出来る様ですね。

この様に移籍する場合はどんな方法でも良いので練習生側が指導者の真贋を見抜ける能力が素養として備わっている方が圧倒的に有利です。この能力が欠如していると、能力の低い指導者についてしまった場合、新しい指導者が自分の功夫を確実に向上させてくれるかと言う事について正しい評価が出来ず、結果的に詠春拳の向上にとって、とんだ回り道となってしまう危険性すらあります。移籍するのは結構だし、今では簡単に出来るけれども、ご紹介の3人がその能力に長けているとは管理人には到底思えません。管理人は彼らが迷いの道を選択したとしか思えてならないのです。

指導者の真贋、または能力の有無を見分けられないと言う事は詠春拳の修業者にとって計り知れないマイナス要素です。この判断が出来ない方は明らかに移籍しない方が無難です。今の指導者より、次の指導者が自分にとって必ず良いとは限りませんからね。レベルの低い指導者へ移籍したにも係わらず、嬉々として練習に励むご紹介の3人を見て、只々悲嘆に暮れる管理人なのでありました。この様に迷いの世界を果てしなく彷徨う方々も間違いなく闡提です。

入門希望者の皆さんへ

入門希望者の皆さんへお知らせしたい事があります。先に見学か体験参加して頂き、その後に入門手続きとなりますが、入門希望者としての心構えと言うか当學院と希望者の皆さんとの共有事項をお知らせして円滑な入門となるよう支援したいと考えます。以下の4項目を熟読の上、ご了承頂いた方のみお申し込み下さい。

入門希望者は明確に詠春拳、できれば黃淳樑系詠春拳、もしくは洪拳を希望する必要があります。

何となく中國武術(カンフー)がしてみたい。と言うような動機が曖昧な方は当學院としてはお断りと言う対応になってしまいますご注意下さい。今の世の中動画投稿サイトを見れば詠春拳も洪拳も動画がいくらでも落ちています。それらを見てやりたくなってからお申し込み下さい。
見学時に詠春拳・洪拳への志望動機が曖昧な方はお断り致します。
もちろん「イップ・マンを観て」と言うような単純な動機でも何ら問題はありません。

入門希望者は入門後1年間は何があっても定期的に練習に参加できるつもりで申し込んで下さい。

そもそも習い事を始めて3ヶ月や半年で辞めてしまうのは、それこそお金と時間のムダです。それなら最初からやらない方がよっぽど賢明と言えるでしょう。習い事を始めた限りは始めるに至って決断した自分を信じて、1年間は自分には合わないと思っても続ける必要があります。辞めるのなら1年続けた上で決断して下さい。このお約束が出来ないという方はお断りしております。

入門希望者は一時的な精神的な高揚では申し込まないで下さい。

詠春拳や洪拳の修業は修得に約10年間程かかる時間の掛かるものです。にもかかわらず一時的な盛り上がりによる勢いでお申し込みされる方が非常に多く見受けられます。管理人は一時的な盛り上がりで10年間の修業期間に耐えられるとは到底考えられません。詠春拳や洪拳の最終段階まで修得意欲のある根気ある方の応募を当學院は心からお待ちしております。簡単ですぐ身に付く、又は先週はやる気満々だったけど今は微妙と言うような方からのお申し込みは堅くお断り致します。

入門希望者は中國武術の基本功は地味な練習が多く、初心者が基礎を身に付けるためには、地味で辛い基本功を黙々と積んで向上していく事が不可避であると言う事を知るべきです。

世の中には楽しみながら身に付けていけると言う風に誤解している方が多くおられます。しかし、中國武術を初心者が修得する場合、地味な基本功を黙々と積んでいく必要があり、その道のりは決して平坦ではありません。詠春拳の場合、詠春拳で楽しめるのは約3年を経過した練習生でしょうか。それまでは地味な基礎練習の積み重ねの連続であり、管理人は初心者にとって詠春拳の修業は決して楽しいものではないと断言できます。基礎のない者に応用も実戦も無いのであって、この辛く厳しい初心者の期間を耐えられないと思われる方からのお申し込みは一切お断りしております。